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エッセイ

パノラマカーの思い出

今でこそしがない作家稼業に身をやつしているが、何を隠そう、実は15年ほど前、僕は名鉄で電車の車掌をしていた時期がある。作家としては珍しい経歴ということになるかもしれない。鉄道会社に就職し、研修で駅員や車掌をしたからといって、僕が書くのは鉄道ミステリーではなく純文学である。なんとか鉄道時代の経験を創作に活かせないか悩んでいたところに、昔世話になった会社から渡りに舟の執筆依頼が来た。なんでもあの懐かしの赤いパノラマカーが引退するのだという。

僕は小学5年生の途中に宮城県の仙台市から故郷の名古屋に引っ越してきたが、その折に名古屋の悪童どもに「子供の名古屋学」とでもいった懇切丁寧な文化的レクチャーを受けたものだ。名鉄の赤いパノラマカーは地元っ子らの自慢で、あの独特のミュージック・ホーンを正確に口ずさめない者はつまはじきにされるのらしかった。僕は子供心に、名古屋には無茶な因習がまかりとおっているのだなあとびっくりしたことを覚えている。

それもあって後年、当の車両の狭い二階の運転席でこのミュージック・ホーンを初めて鳴らした時の感慨はひとしおだった。それは昔日の悪童たちのあの自慢顔の微笑ましい想起と、鉄路のきしりに混じって長年耳に刷りこんできた馴染みの音階がもたらす深い懐旧の情であった。朝まだきの寝床でも夕暮れの帰り道にも、あの郷愁に満ちた車両の「鳴き声」が遠くで聞こえていた。僕の少年期の生活の中で、それは通底音のように世界を響かせていた。…パノラマカーもいつしか馬齢を閲し、気がつけば「鳴きやむ」潮時が来たものらしい。地元人にとって、決して大げさではなく、これは一つの時代の終焉だ。少年たちの憧れだった「最新型」車両が寿命を全うする前にもう一度、年甲斐もなく最前列のパノラマ席に陣取り、あのめくるめく興奮を追体験しようと思っている。ありがとう、さようなら、僕らの赤いパノラマカー!!

諏訪 哲史氏
愛知県名古屋市出身、1969年生まれ
作家 第137回芥川賞受賞
名古屋鉄道で駅員やパノラマカーの車掌を経験した。

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