音声ブラウザには対応しておりません。お客さまセンターへお電話にてお問い合わせ下さい。詳細はこちら。

名鉄資料館

デワ1形(両数:2、番号:1・2)

1920~1960(大正9~昭和35) 600V
瀬戸電気鉄道が名古屋電車製作所で1920(大正9)年に製造した電動貨車テワ1形。無蓋車風の車体形状で、名鉄合併後デワ1形となり、最後まで瀬戸線で使用された。

デワ1 尾張瀬戸 1960(昭和35).4

尾張瀬戸駅には貨物側線がたくさんあり、瀬戸物の出荷や燃料(石炭)を搬入する貨車で賑わった。

デワ2 尾張横山(現・新瀬戸) 1960(昭和35).4

尾張横山駅は尾張瀬戸駅に次ぐ瀬戸線の貨物拠点駅だった。


デワ10形(両数:2、番号:11・12)

1928~1962(昭和3~37) 600V
岡崎電気軌道が発注したが、納車されたのは三河鉄道に合併後だった。伊那電気鉄道松島工場で製造された三河鉄道デワ1形で、岡崎市内線用の電動貨車。名鉄合併後デワ10形となり、岡崎市内線廃止の昭和37年まで使用された。

岡崎駅前で貨車を牽引するデワ2(後のデワ12)
昭和初期 下郷次郎八氏撮影

電動貨車に三河鉄道の社紋。1927~1941(昭和2~16)年は、三河鉄道の岡崎市内線だった。

貨車を引いて岡崎殿橋を渡るデワ11
1962(昭和37).6

岡崎市内線廃止直前の殿橋


デワ20形(両数:2、番号:21・22)

1922~1964(大正11~昭和39) 600V
美濃電気軌道が名古屋電車製作所で1922(大正11)年に製造した電動貨車デワ600形。名鉄合併後デワ20形となり、美濃町線、岐阜市内線などで貨物輸送を行った。

徹明町で荷扱いをするデワ22
1962(昭和37).8 白井昭氏撮影

デワ22 美濃町線北一色~野一色
1962(昭和37).8 白井 昭氏撮影


デワ30形(両数:3、番号:31~33)

1943~1954(昭和18~29) 600V
渥美電鉄が開業用に1923(大正12)年に製造した電車デハ100形は、名鉄合併後モ1形となり、1943(昭和18)年に電動貨車に改造されデワ30形となる。1954(昭和29)年に渥美線が豊橋鉄道へ分離されると共に豊橋鉄道へ転籍。駅等の入換に使用され、最後に残った1両(33)はデワ10形(11)に改番され1997(平成9)年まで使用された。

デワ31 名鉄の社紋入り
昭和20年代 下郷次郎八氏撮影

デワ31 豊橋鉄道渥美線・花田貨物駅
1965(昭和40).8 清水 武氏撮影


デワ350形(両数:1、番号:351)

1921~1940(大正10~昭和15) 1500V
愛知電気鉄道が1921(大正10)年に野上製作所で製造した電動貨車

デワ351 大正末期頃

愛電最初の電車・電1形(明治45年製)が廃車になり、そのモータを再利用して生まれた電動貨車。
愛電が作った電動貨車はこの1両のみ。
次の360形から電気機関車「デキ」になった。


デニ2000形(両数:1、番号:2001)

1953~1969(昭和28~44) 1500V
手小荷物輸送用の専用車両として、旧型車の機器を再利用し車体を新造した。荷物輸送で、名古屋本線をカマボコ形電車1両で走る姿が昭和40年代まで見られた。

デニ2001 須ヶ口 1965(昭和40).7
清水 武氏撮影

荷物列車の「荷」の種別板を付けて須ヶ口に到着する

デニ2001 須ヶ口 1965(昭和40).7
清水 武氏撮影

後方にはデキ102号も見える


築港線「ガチャ」と呼ばれた客車列車

1969(昭和44)年頃まで築港線・大江~東名古屋港間の列車は、客車(元・電車or気動車)の両側にデキを連結し、プッシュプルで走っていた。旧型で小型の客車を多数連結し、走行中に連結器がガチャガチャ鳴るため、「ガチャ」と呼ばれた。
昔も今も、築港線の利用客は東名古屋港駅付近の工場通勤者だけで、朝夕のみの運行である。電車に余裕のない昭和40年代前半まで、旧型電車や気動車の動力を外した寄せ集め客車で運行された。

築港線で「ガチャ」を牽引する803号
1958(昭和33)年4月 白井 昭氏撮影

築港線(築港支線)全盛時代で、複線である。
珍しく、803号の次位に電車(771号)を連結。

デキ901号(手前)とデキ803号(向こう側)
1958(昭和33)年4月 白井 昭氏撮影

「ガチャ」をプッシュプル。大江を出発。

昼間は大江構内に留置されていた築港線客車
1958(昭和33)年4月 白井 昭氏撮影

(上段)右から、サハ2221・2222・2111・2064・2251・2252で、流線形の2221・2222は元・三河鉄道のキ80形気動車
(中段)上段の逆順(逆方向から見る)サハ2252→2221、サハ2251・2252は近江鉄道から来た電車(クハニ・クハユ)
(下段)右から、サハ2064・2067・2070・2111・2251…で、右3両のサハ2060形は、元・名岐鉄道キボ50形気動車

東名古屋港駅 1960(昭和35)年頃

旅客の終点・東名古屋港駅(東名古屋港東口)の奥に、貨物の東名古屋港駅があった。
貨車で賑わう東名古屋港駅で入換をするデキ377号+デキ801号。その右の建物が東名古屋港駅の駅舎。


臨港貨物線とDED8500形(両数:2、番号:8584・8589)

1945~1966(昭和20~昭和41)
東名古屋港駅(6号地)から南の7号地(昭和埠頭)、8号地(船見埠頭)、9号地(潮見埠頭)へ貨物専用線が伸びていた。当時は愛知県営の貨物専用線で、名鉄が運行委託を受け、ディーゼル機関車DED8500形が活躍していた。昭和40(1965)年に名古屋臨海鉄道が出来て、7~9号地の貨物線は臨海鉄道へそのまま引き継がれた。役目を終えた8500形は昭和41年に廃車となり、フィリピンへ売却された。

DED8500形 1960(昭和35)年頃

終戦直後に進駐軍が持ち込んだ電気式ディーゼル機関車US ARMY8500形(ディーゼルエンジンで発電し、モータで駆動)。当時国内にあったディーゼル機関車に比べ格段に優れた性能であった。
7号地(昭和埠頭)の貨物線で入換をする。

DED8500形へ連結合図を送る 1960(昭和35)年頃

8両の機関車の内、名鉄は2両の払い下げを受けた(国鉄が払い下げを受けた5両はDD12形となった)。
1956(昭和31)年に払い下げを受け、岐阜・小牧基地(進駐軍基地)への引き込み線があった各務原線や小牧線などで使用したあと、東名古屋港から南(7~9号地)へ延びていた貨物線で使用された。

臨港貨物線・潮見橋を渡るDED8589号
1958(昭和33)年4月 (白井 昭氏撮影)

石油基地のある九号地(潮見町)から名電築港へ石油を運ぶ。
名電築港から先は、デキに牽引され築港線・常滑線で神宮前へ運ばれ、国鉄線へ送りだしていた。
昭和34年の伊勢湾台風で、この付近は壊滅的な被害を受けたが8589号は健在で、線路復旧の工事列車として活躍、また、水没したデキの代行で、神宮前まで貨物列車を牽引した。


昭和30年代は蒸気機関車も活躍

臨港貨物線・潮見橋を渡るSL-5548号
1958(昭和33)年12月 白井 昭氏撮影

上の写真と同じ場所。DL導入後はDLが主役となりSLは予備機となった。
5548号は明治生まれの英国製SLで、1948(昭和23)年に国鉄から譲渡され、国鉄時代の番号のまま使われた。名鉄唯一のテンダー機関車で1960(昭和35)年に廃車となった。

小牧空港専用線豊山信号所付近
1956(昭和31)年10月 白井 昭氏撮影

SLからDLへの交代。
DED8584号の払い下げを受けた直後、SLを置き換えるため試運転を行った。結果は良好でDL化され、鵜沼から小牧基地まで直通運転を行い、航空燃料などを運んだ。

鵜沼連絡線のSL-1017号
1955(昭和30)年7月 白井 昭氏撮影

鵜沼駅の国鉄と名鉄をつないでいた連絡線を走るSL1017号。この当時、犬山線は1500Vで、各務原線・広見線・小牧線は600Vだった。電圧の異なる区間を直通する貨物列車や駅構内の入換にSLが使用された。
1017号は、明治生まれのドイツ製SLで、1950(昭和25)年に国鉄から譲渡され、番号もそのまま、昭和33年まで使われた。


車体更新後の青いデキの活躍1

デキが老朽化したため、1991(平成3)年度下期から1年間で、デキ600形4両(601~604)の特別整備を実施。引き続き1992(平成4)年度下期にデキ400形2両(401・402)、1993(平成5)年度にデキ300形3両(303・305・306)と370形1両(379)を実施。この特別整備(計10両)で車体を更新し、塗装も黒から青色に一新、青いデキとなった。

デキ600形 鳴海工場 1986(昭和61)年

旧5000系廃車回送の準備をする黒いデキ600形。
車体更新前の姿

デキ600・300形 金山~神宮前
1998(平成10).5.6 宮原栄治氏撮影

車体更新後のデキ600とデキ300。
パノラマカーの廃車回送列車を牽引。
デキ600+300+(7015F白帯4連+7083・7084)+デキ600
機器取外しにより自力走行できない場合、デキで挟んで輸送した。

デキ600形 神宮前
2003(平成15).3.28 宮原栄治氏撮影

廃車LEカー(キハ21・22)を海外へ譲渡するため輸送

デキ400形 本笠寺~本星崎
2011(平成23).4.14 宮原栄治氏撮影

桜の下を走るデキ400形の工事列車

舞木検査場 2013(平成25).10.6

旧型デキの最後に残った3形式がそろった。
デキ303+デキ604+デキ401


EL120形(両数:2、番号:121・122)

赤いデキ(EL120形)の登場 青いデキの引退 2015(平成27)年
老朽化した「デキ」を置き換えるためにEL120形を2両新造。貨車を牽引しないときは電車並みの速度で走り、レール・砕石の基地間を日中でも回送できるようにして機関車の保有両数を削減することにした。
2015(平成27)年5月から工事列車に使用開始された。これに伴い旧型のデキは運用を外れ、デキ600形4両は7月に廃車。デキ400形2両も予備車となり、出番はなくなった。

EL120形の搬入
大江・2015(平成27).1.30 宮原栄治氏撮影

東芝府中で製造され、JR線・名古屋臨海鉄道線を経由してH27.1.30に大江到着。
大江→舞木検査場はデキ400形が牽引し、この日の深夜に輸送した。

EL120形公式写真 2015(平成27).2

舞木検査場に到着したEL120形は、検査場内で整備・調整を行ったあと、パンフレット用の写真撮影。
この後2月から3月にかけて、各路線で試運転を行った。

撮影会に向けて4重連回送
岡崎公園前~東岡崎
2015(平成27).4.25 寺澤秀樹氏撮影

この日、舞木検査場で電気機関車撮影会が開催された。撮影会に向けて、3種類の機関車が早朝に回送された。

舞木検査場で新旧4種類の機関車撮影会
2015(平成27).4.25

新旧4種類の機関車が並んだのは、この日が最初で最後

EL120形の工事列車 金山~神宮前
2015(平成27).6.20 服部重敬氏撮影

旧型青デキに代わり本格運用を開始した。

さよならデキ600形
大江~東名古屋港 2015(平成27).7.21

デキ600形4両そろって4重連廃車回送
4両在籍したデキ600形が一斉に廃車された。

ページの先頭へ