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名鉄資料館

廃止から10年・北アルプス号(平成23年 秋季特別展)

開催期間 : 2011.10.3~2011.11.30

名鉄の高山線乗入れは、名鉄電車を高山線の客車列車に併結する形で、戦前に開始されましたが、戦局の悪化により中断されました。
昭和40(1965)年にキハ8000系気動車による「準急・たかやま」号で再開され、翌年「急行・たかやま」号に昇格、昭和45年には乗り入れ区間を立山まで延長して「急行・北アルプス」号に名称変更、昭和51年には「特急・北アルプス」に昇格しました。
平成3年に乗り入れ車両を新鋭のキハ8500系に置き換えましたが、平成13年に「特急・北アルプス」号は廃止されました。今年で「北アルプス」号廃止から10年になりますので、資料館保管のヘッドマーク等の資料と共に写真を展示いたします。

名鉄の高山線直列列車のあゆみ

2011(平成23)年10月3日~11月30日に名鉄資料館で開催した「廃止から10年・北アルプス号」の中から展示資料の一部を御紹介いたします。

特別展の会場(特別展示室)
手前の看板は、2001(平成13)年9月30日の「北アルプス」号さよなら運転でキハ8500系に掲出したヘッドマーク。
右奥の楕円形の看板は、会津鉄道に譲渡後の8500系が取付けていた「AIZU MOUNT EXPRESS」のヘッドマーク。

高山線直通の、「たかやま」号、「北アルプス」号のポスター
ガラスケースの中には、高山線直通列 車が記載された戦前の時刻表を展示

キハ 8000 系ブルーリボン賞受賞記念盾と、ヘッドマーク・サボ。
準急「たかやま」
1965(昭40).8.5~1966(昭41).3.4
キハ8000系によるデラックス準急としてデビュー(当時は急行列車でも非冷房の時代に、冷房付きで登場)
急行「たかやま」
1966(昭41).3.5~1970(昭45).7.14
1966.3.5のダイヤ改正で急行に昇格

急行「北アルプス」
1970(昭45).7.15~1976(昭51).9.30
1970.7.15のダイヤ改正で「北アルプス」に愛称変更。富山地鉄の立山へ直通運転開始
特急「北アルプス」(文字板)
1976(昭51).10.1~1980(昭55).7.14
1976.10.1のダイヤ改正で特急に昇格

特急「北アルプス」(イラスト板)
1980(昭55).7.15~1991(平3).3.15
立山直通10周年、イラスト付きヘッドマークに
特急「北アルプス」(8500系)
1991(平3).3.16~2001(平13).9.30
1991.3.16新鋭のキハ8500系に置き換えて運転開始。2001.9.30限りで「北アルプス」号は廃止に

北アルプス号の乗務員が携帯していたカバンと、その中の業務用品

下呂に到着した直通電車755・756号1932(昭和7)年10月

昭和7年10月8日から、土・日・祭日に柳橋~下呂の直通電車を運転を開始した。当時の最新型電車755・756号が、柳橋から押切町を経て鵜沼までを自力で走り、鵜沼からは高山線の客車列車に併結され、蒸気機関車に牽引されて下呂まで直通した。
なお、755号は1928(昭和3)~2001(平成13)年まで現役で活躍し、奇しくも名鉄の高山線乗り入れ廃止と同じ日に引退し、現在は旧谷汲駅に保存されている。(755号の最後の働き場所・谷汲線の廃止と北アルプス号の廃止が同日)

下呂直通電車の車内
1932(昭和7)年10月

下呂直通電車750形755・756号の車内は、半室が畳敷きに改造されたお座敷電車であった。

名岐鉄道・柳橋駅
1933~1935(昭和8~10)年頃・春

名岐鉄道のターミナル、柳橋駅に掲出された下呂温泉の大きな広告看板
「畳敷御座敷電車毎土日祭日運転下呂温泉まで僅か2時間割引往復2円80銭」
と書いてあるのが読み取れる。

下呂直通電車250形252号・押切町
1933~1935(昭和8~10)年頃

1933(昭和8)年から直通電車250形251・252号に変更された。
1925(大正14)年に名鉄は尾西鉄道を合併。その尾西鉄道が1923年に製造した200形は乗り心地に定評があった。そこで201・202号を、下呂直通用に、正面貫通扉新設、運転台移設、便所新設、車内畳敷などの改造をして250形とした。

富山直通客車試運転・鵜沼
1940(昭和15).10.1

1940(昭和15)年10月10日から、名鉄の高山線乗り入れは押切町~富山と変更になった。国鉄(当時は鉄道省)の客車を借り、押切町~鵜沼間は名鉄700形電車2両が客車2両を牽引し、その客車2両が高山線の客車列車に併結され、富山まで毎日1往復直通した。
写真は、その試運転の模様。

富山直通営業初列車・鵜沼
1940(昭和15).10.10

鵜沼で、高山線に乗り入れた営業初列車。この客車2両が鵜沼から蒸気機関車に牽引され、毎日富山まで往復した。

「富山ゆき直通列車のりば」の看板
押切町駅
1941(昭和16)年夏

看板の下の文字を拡大してみると

「毎日 押切町駅発 午前9時06分発
富山駅発 午前11時45分発」
横には「新名古屋駅地下乗入」の看板もある。
1941(昭和16)年8月12日に、枇杷島橋~新名古屋の新線が開通し、富山直通列車は新たに開業した新名古屋駅から出るようになった。(押切町駅は廃止)
しかし、その年の年末から戦争が始まり、その戦況悪化により、1943(昭和18)年頃に乗り入れは中止された。

準急「たかやま」号が運転開始
新名古屋駅
1965(昭和40).8.5

新造したキハ8000系気動車により、高山線乗り入れが1965(昭和40)年に復活した。
デラックス準急「たかやま」号で、新名古屋8:55発、高山12:16着であった。途中の停車駅は、岩倉・鵜沼・美濃太田・白川口・下呂・飛騨小坂。

ブルーリボン賞受賞記念列車
岩倉駅
1966(昭和41).7.26

華々しくデビューした準急「たかやま」号は、翌年の昭和41年に急行に昇格し、その年にキハ8000系気動車はブルーリボン賞を受賞した。

急行「北アルプス」号に改称
富山地方鉄道立山駅へ乗り入れ開始
立山駅
1970(昭和45).7.15
(富山地方鉄道提供)

1970(昭和45)年7月15日からは、直通区間を延長。高山線の終点・富山から富山地方鉄道に乗り入れ、立山駅まで直通するようになった。
写真はその記念列車で、新名古屋駅長から立山駅長宛に記念品が贈呈された。

急行「北アルプス」号、犬山駅に停車
犬山駅
1972(昭和47).9.28

鵜沼での折り返し運転を廃止し、鵜沼通過、犬山停車に変更した。
(上り列車は9/27、下り列車は 9/28 より)
これが縁で、犬山市と立山町が姉妹都市提携を結んだ。

特急に昇格した「北アルプス」号
高山線飛騨金山~焼石
1976(昭和 51).10.1
(服部重敬氏撮影)

1976(昭和 51)年 10 月 1 日から、「北アルプス」号特急化された。
特急化に先立ち、先頭部を国鉄特急 気動車に準じた塗り分けに変更した。

高山線を走る「北アルプス」号
高山線飛騨金山~焼石
1983(昭和 58)年
(服部重敬氏撮影)

飛騨川のダム湖畔を走る、キハ8000系の特急「北アルプス」

新鋭「キハ8500系」
日車・豊川
1991(平成3)年1月

高山線のJR特急「ひだ」が1989年に、新性能のキハ85系に置き換えられた。
名鉄も同一性能のキハ8500系を「北アルプス」用として1991(平成3)年に日本車両で新造した。

キハ8500系特急「北アルプス」発車式
新名古屋駅
1991(平成3).3.16

平成3年3月16日のダイヤ改正から、キハ8500系を投入した。
新名古屋駅で、盛大に発車式が行われた。

高山線を走る「北アルプス」号
高山線白川~下油井
1991(平成 3)年

飛騨川の鉄橋を渡る、キハ8500系の特急「北アルプス」

さよなら「北アルプス号」
犬山橋
2001(平成13).9.30
(鵜飼功一氏撮影)

2001(平成13)年9月30日限りで、北アルプス号は廃止になった。
最終日の「北アルプス」号。
戦前から始まった、名鉄の高山線直通列車の歴史は、これで終了した。

北アルプス号の最終日2001(平成13)年9月30日は、名鉄谷汲線、揖斐線(黒野~本揖斐)、竹鼻線(江吉良~大須)、八百津線の営業最終日でもあった。
「廃止から10年・北アルプス号」の展示に合わせ、揖斐・谷汲線の写真も展示した。
(写真提供:寺澤秀樹氏・鵜飼功一氏)

名鉄の高山線直列列車のあゆみ

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