名鉄の高山線直通列車のあゆみ

(昭7)10.08 柳橋~下呂の直通電車の運転を開始(土曜・休日)
この当時の会社名は名岐鉄道で、名古屋市内のターミナルは押切町であったが、電車は名古屋市電に乗入れて柳橋まで走っていた
当時の最新型電車750形の755・756号を半室畳敷きに改造して乗入れた
鵜沼からは高山線の客車列車に併結
(昭8)07 乗入れ車両を畳敷き、トイレ・貫通路付きに改造した250形251・252号に変更
(昭10)08.01 名岐鉄道と愛知電気鉄道が合併→名古屋鉄道
(昭15)10.10 押切町~富山の直通列車を運転開始(毎日1往復)
国鉄の客車を使って直通運転を実施
名鉄線内(押切町~新鵜沼)は、名鉄電車(700形2両)が客車2両を牽引し、鵜沼から富山までは国鉄の客車列車に併結
(昭16)08.12 新名古屋駅が開業、乗り入れは新名古屋~富山に変更
押切町~枇杷島橋は廃止に。この年の12/8に太平洋戦争始まる
(昭18)頃 戦況が悪化し、高山線乗り入れは中止に
(昭40)08.05 神宮前~高山の準急「たかやま」号が運転開始
キハ8000系気動車を新造し使用
(昭41)03.05 急行「たかやま」号に昇格
(昭41)07.26 キハ8000系がブルーリボン賞を受賞
(昭41)12.01 「たかやま」号の運転区間を飛騨古川まで延長
(昭42)07〜08 キハ8000系を土曜の夜に国鉄へ貸し出し、国鉄名古屋~岐阜~高山の夜行臨時急行「りんどう」号として運行
(昭45)07.15 急行「北アルプス」号に改称。
運転区間を延長し富山地方鉄道の立山まで乗り入れる

この後、毎年4~11月に立山直通運転を行った(冬期は飛騨古川止まり)
(昭47)09.27 鵜沼での折り返し運転を廃止し、鵜沼通過、犬山停車に変更(下り列車は9.28より)
(昭51)10.01 特急「北アルプス」号に昇格。
これに先立ち、先頭部を国鉄の特急気動車に準じた塗り分けにした
(昭55)17.15 「北アルプス」ヘッドマークをイラスト付きに変更
(昭59)07.01 「北アルプス」号の富山地鉄・立山乗り入れを廃止。
神宮前~飛騨古川の通年運行となる
(昭60)03.14 「北アルプス」号の運転区間が神宮前~富山になる
(平2)03.10 「北アルプス」号の運転区間が神宮前~高山に短縮
(平3)03.16 「北アルプス」号に新鋭のキハ8500系を導入
それまで使用されたキハ8000系は引退した
(平13)09.30 「北アルプス」号はこの日限りで廃止。サヨナラ運転を実施
戦前から始まった名鉄の高山線直通列車の歴史はこれで終了した。
「北アルプス」用の8500系は、その後「会津鉄道」へ譲渡された