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名鉄資料館

名鉄の電気機関車「デキ」写真展(平成27年 秋季特別展)

開催期間 : 2015.10.19~2016.2.29

道路や自動車が発展を始める昭和30年代までは、旅客も貨物も鉄道が輸送の中心でした。
名鉄も貨物輸送が盛んで、昭和30年代には約50両の電気機関車「デキ」が在籍し、各路線で活躍していました。その後、道路や自動車が急速に発達し、貨物輸送はトラックへと移り、一方で電車の高速化と列車本数増により、速度の遅い貨物列車の運転が困難になってきました。貨物輸送は次第に縮小され、電気機関車も数を減らしていきました。
1984(昭和59)年、国鉄の貨物輸送改革(貨物ヤードを使った集結輸送を廃止)に先立ち、1984.1.1付けで名鉄は貨物列車を廃止しました。電気機関車の役割はここで終わったかと思われましたが、その後も、線路保守用のレールや砕石を輸送する工事列車の牽引役等として残されました。
今年、新型の電気機関車EL120形が2両登場し、旧型の電気機関車デキ600形が4両廃車になりました。この機会に、これまで名鉄で活躍した全20形式の電気機関車の写真を展示します。
昭和30年代には、電気機関車だけでなく、国鉄払い下げの蒸気機関車も入換などに活躍し、米軍払い下げのディーゼル機関車も活躍していました。電気機関車と貨車の中間のような電動貨車もいました。その写真も併せて展示いたしますのでご覧ください。 (名鉄資料館で展示した写真の一部をご紹介します)

デキ1形(両数:1、番号:1)

1924~1960(大正13~昭和35) 600V
尾西鉄道が導入したドイツのシーメンス製のEL1形。駅構内の貨車入換用に導入された小型の2軸凸形機関車で、名鉄合併後も1号を名乗った。

デキ1号 大須駅 1960(昭和35)年

晩年は竹鼻線終点の大須駅で入換に使われていたデキ1号。
全長6.7mで重量15.25t。名鉄で一番小型の機関車。

デキ1号 大須駅 1959(昭和34)年

昭和34年まで明るい灰色に塗られていた。
ブレーキは手動だけで、空気ブレーキ装置は最後までなかった。


デキ30形・50形(合計両数:3、番号:31・32・51)

1912(大正元)~1932(昭和7)改造~1960(昭和35) 600V
元は名古屋電気鉄道・郡部線初の電車デシ500形。大正元年に製造され、電車として活躍した後、昭和7~10年に3両を台車新造しボギー車化してデキ50形51~53に改造された。
52・53は台車を別の車両に譲り、製造時の2軸台車へ戻し、デキ30形31・32となった。
3両共に、駅構内の入換用に使用された。

デキ31号 瀬戸線小幡駅構内 1960(昭和35).4

デシ500形→デキ52→デキ31(S17.12)
デキ31は小幡駅の入換用に使用された。

デキ32号 西笠松駅 昭和30年代

デシ500形→デキ53→デキ32(S19.5)
デキ32は西笠松駅の入換用に使用された。
ボギー台車をデキ851号に譲り、2軸台車に戻された。

デシ511・526・529→デキ51~53

デキ51号 今村駅(現・新安城) 1957(昭和32).2

デシ511→デキ51(昭和7年改造)
デキ51は今村駅の構内入換用に使用された。
今村駅からは紡績会社の引き込み線が出ていた。
なお、当時の今村駅の本線側は1500V、西尾線側は600Vで、複電圧車以外は直通できなかった。


デキ100形(両数:4、番号:101~104)

1924~1968(大正13~昭和43) 600→1500V
旧・名古屋鉄道が導入した凸形機関車で、西部線で使用された。凸型の割に車体長が長く、中央扉部分は荷物室になっていた。600V用の機関車であったが、西部線の主要線区が昇圧された1948(昭和23)年に1500V化された。

デキ103号 西枇杷島駅 1959(昭和34).3

西枇杷島駅の名古屋寄り(三角地帯)に貨物ホームがあり、青果市場も近く、貨物で賑わっていた。

デキ104号 尾西線・日比野駅
1967(昭和42)年 清水 武氏撮影

津島駅高架化工事を始めるため、日比野駅へ貨物線を増設して、津島駅の貨物扱いを移設した。津島駅の貨物扱い廃止は、1964(昭和39)年8月

名鉄デキ前面のゼブラ塗装は1965(昭和40)年から始まった。


デキ110形(両数:1、番号:111)

1951~1968(昭和26~43) 1500V
犬山線の木津用水から分岐した専用線の東洋紡績の私有機関車で、主として鵜沼と工場の間で使用された。
専用線廃止とともに廃車となり、遠州鉄道が購入。その後、福井鉄道へ譲渡されデキ3号として現存。

デキ111号 新川工場(須ヶ口) 昭和30年代

全長8.4mの小型機関車

デキ111号貨物 広見線・善師野付近 昭和40年頃

貨物列車が、砕石運搬車ホムを連結し、砕石を散布しながら走行している。


デキ150形(両数:1、番号:151)

1939~1954(昭和14~29) 600V
渥美電鉄が木南車両で製造したED1形機関車。製造翌年の1940(昭和15)年に渥美電鉄は名鉄へ合併されデキ150形に改称されたが、渥美線でそのまま使用された。1954(昭和29)年に渥美線が豊橋鉄道へ譲渡されると、デキ150形もそのまま豊橋鉄道へ転籍した。後にデキ200形201に改称され1984(昭和59)年に廃車された。

渥美電鉄ED1号 1939(昭和14)年
鉄道趣味社・臼井茂信氏撮影

渥美電鉄へ導入されたED1号。この翌年に渥美電鉄は名鉄と合併し、名鉄のデキ151号となる。

デキ151 豊橋鉄道花田貨物駅
1965(昭和40).8 清水 武氏撮影

名鉄渥美線は、1954(昭和29)年に分離、豊橋鉄道の渥美線となり、デキ151号もそのまま転籍した。
豊橋鉄道は、国鉄との貨物の授受を新豊橋駅近くの花田貨物駅で行っていた。そこで入換中のデキ151。後にデキ201に改称された。


デキ200形 (両数:2、番号:201・202)

1927~1978(昭和2~53) 600V
瀬戸電気鉄道デキ1形1・2号として貨物輸送に活躍。1939(昭和14)年に名鉄へ合併されデキ200形に改称。
瀬戸線一筋で活躍したが、瀬戸線の貨物輸送廃止・1500V昇圧により廃車された。デキ202号は瀬戸市民公園で保存。

瀬戸電気鉄道デキ1号 昭和初期

瀬戸電ポール時代のデキ1号。
名鉄との合併により201号となる。

デキ201・202号 大曽根
1977(昭和52)年 服部重敬氏撮影

国鉄との接続駅で貨車の入換をするデキ201と202
この当時の瀬戸線貨物列車は、大曽根~尾張瀬戸間で運転されていたが、1978(昭和53)年2月に廃止された。

デキ201号 大曽根
1977(昭和52)年 服部重敬氏撮影

大曽根へ到着するデキ201牽引貨物列車。
右の大曽根駅舎は、かつて瀬戸電気鉄道の本社だった。


デキ250形 (両数:2、番号:251・252)

1952~1968(昭和27~43) 600→1500V
関西電力が八百津の先にある丸山ダム建設用に日立で製造し、広見線~八百津線~丸山水力専用鉄道で、ダム建設資材輸送に使用。ダム完成後名鉄へ譲渡された。251号は1968(昭和43)年に北恵那鉄道へ譲渡。252号は1500Vに昇圧し使用されたが昭和43年に廃車。

デキ251 犬山駅 1958(昭和33).12

251号は600Vの小牧線・広見線で使用されていた。
小牧線・広見線が1500Vに昇圧(昭和39~40)されたあと、瀬戸線、北恵那鉄道へ転属した。
この当時、犬山駅構内の犬山線(写真左側)は1500Vで、小牧・広見線は600Vだった。

デキ252 犬山遊園~新鵜沼
1967(昭和42).12 清水 武氏撮影

道路併用の犬山橋を渡る貨物列車
252号は昇圧されて1500V線区で使用されたが1968(昭和43)年に廃車


デキ300形 (両数:6、番号:301~306)

1926~2013(大正15~平成26) 1500V 三河鉄道が電化に備え1926(大正15)年に日本車輌でデキ10・11の2両を製造。翌年以降に三菱造船で3両増備(12~14)。一畑電鉄から三菱造船製の同型機1両(15)譲り受ける。名鉄合併後デキ300形301~306となる。1993(平成5)年度に303・305・306の3両は特別整備を実施し、塗装が黒色から青色に変更された。
303号が舞木入換機として現存(但し車両としては除籍し、設備運搬車扱い)

デキ302 碧南 1967(昭和42).12
清水 武氏撮影

古巣の三河線で活躍するデキ300形302号

デキ303 三河線知立 1959(昭和34).2

303以降はメーカーと形状が異なる。一番大きな違いは前面窓で、中央の窓がなくなった。
昭和34年4月に知立駅は現在の地に移転開業し、この駅は三河知立へ駅名変更された。


デキ360形(両数:3、番号:361~363)

1923~1968(大正12~昭和43) 600V
愛知電気鉄道が1923(大正12)年に日本車輌で製造。小柄な機関車で非力だったため昇圧されず、600V線区で入換用などに使用された。362号は1950(昭和25)年から渥美線所属になり、渥美線分離によりそのまま豊橋鉄道へ転籍、デキ210形211となった。

愛電デキ360号 大正末期頃

愛電の車号は0から始まったので、360号は360形最初の車両。合併して名鉄となってからは1から始まる車号となったので、363号に改番された。

連結器はリンク&バッファーと自動連結器の両方が見えるので、自動連結器化過渡期の写真と思われる。

デキ361貨物列車 西尾線米津~桜町前
1960(昭和35).3.25

西尾線の矢作川橋梁を渡る貨物列車。(600V時代)
西尾線は、この写真の翌々日の昭和35.3.27に600→1500Vへ昇圧された。


デキ370形 (両数:9、番号:371~379)

1925~2007(大正14~平成19) (600)・1500V
愛知電気鉄道の機関車。全9両で名鉄では最大勢力のデキだった。1925(大正14)年に製造された最初の2両は米国ボールドウィン製の機関車で、3両目以降は、同じ形状の日本車輌製。両数が多く、ほぼ全線で貨物輸送に使用された。晩年は新川・鳴海工場の入換用と瀬戸線の工事列車用で余生を送っていた。

デキ371号 愛電時代(大正末~昭和初期)

最初の2両(370・371号)は、パンタグラフとポールの両方を装備していて、600Vと1500Vの複電圧仕様だった。
他の7両はパンタグラフのみで1500V専用。

デキ370形 堀田駅 1957(昭和32).4

荷物・貨物であふれる堀田駅貨物ホーム。右の電車は荷電代用

デキ379 鳴海工場 1986(昭和61).2

貨物輸送が減少した1967(昭和42)年から、デキ370形は旧型機に代わり車両工場入換機になった。379号は鳴海工場の入換機となり、1994(平成6)年に特別整備を実施し青いデキとなった。平成8年に瀬戸線へ転属となり、平成19年に黒いデキ376号と共に廃車となった。


デキ400形(両数:2、番号:401・402)

1930 (昭和5)~現存 1500V
愛知電気鉄道が最後に製造した機関車。箱形の本格的機関車で人気があった。三河線・常滑線などで貨物列車を牽引し、貨物輸送終了後は主に矢作橋・豊明に常駐し工事列車を牽引、1993(平成5)年に特別整備を実施し青いデキとなる。今年EL120形の登場以降は予備車扱いになり、第一線を退いた。

登場して間もない頃の愛電デキ401号 昭和6年

日本車輌製の機関車。
デキ400・401号の2両が製造され、名鉄合併後、400号が402号に改番された。
登場時はパンタグラフが2個付いていた。

デキ402 三河線三河御船~枝下 御船川橋梁
1965(昭和40)年頃

この区間は2004(平成16)年に廃止されたが、この橋梁は残存し、真上を東海環状自動車道が横切っている。

デキ402 神宮前(西)駅 1959(昭和34)年頃

長大な貨物列車の先頭に立つ。
左に写っているのが神宮前(西)駅ホーム
神宮前の西駅付近は、東名古屋港周辺の臨海工業地帯の貨物を築港線・常滑線経由で国鉄へ中継する基地として、電気機関車や貨車で賑わっていた。


デキ500形 (両数:1、番号:501)

1928~1964(昭和3~44) 1500V
上田温泉電軌が川崎造船所で1928(昭和3)年に製造。1940(昭和15)年に三河鉄道が購入。翌年名鉄と合併しデキ500形となる。1969(昭和44)年に岳南鉄道へ貸し出し、翌年正式に譲渡された。岳南鉄道ではED50形ED501号となったが、車体表記は501の名鉄独特の書体のまま、貨物の入換に2012(平成24)年まで現役で使用された。(現存)

デキ501 三河線・土橋 1967(昭和42).5
清水 武氏撮影

土橋駅入換中のデキ501。
土橋駅から、トヨタ自動車元町工場へ引込線が出ていた。

デキ501とデキ252 本線・美合
1961(昭和36).10 白井 昭氏撮影

デキ252の普通貨物を追い越す、デキ501の急行貨物


デキ600形(両数:4、番号:601~604)

1943~2015(昭和18~平成27) 1500V
1943(昭和18)年に東芝が製造した戦時形機関車。うち2両(603・604)は中国の海南島へ送られる予定だったが戦況悪化で輸送できず、名鉄が昭和20年に譲り受けた。名鉄の車両限界を超えている(上隅部)ため、一部の路線へは入れなかった。
1992(平成4)年にデキの先陣を切って特別整備を実施し、名鉄では初の青いデキとなる。EL120形の登場により、今年7月に4両共一斉に廃車となった。


デキ604 神宮前 1949(昭和24)

名鉄の旧型機の中では一番の力持ちだった。
当初は前照灯の位置が屋根下にあった。

デキ604の常滑線貨物列車 長浦~日長
1961(昭和36).8.6 白井 昭氏撮影

常滑線の朝倉~日長間は海沿いを走っていたが、昭和37年から埋め立てが始まり工業地帯となった。


デキ800形(両数:3、番号:801~803)

1944~1965(昭和19~40) 1500V
戦時中の機関車不足を補うため、手持ち部品を利用し、自社鳴海工場で製造した木造車体の凸型機関車。形状は600形に似ているが、非力であった。


デキ802 鳴海工場 1959(昭和34).3

802号は晩年、鳴海工場の入換機で昭和40年に廃車となった。


デキ850形 (両数:1、番号:851)

1944~1954(昭和19~29) 600V
戦時中の機関車不足を補うため、手持ち部品を利用し、自社新川工場で製造した木造車体の凸型機関車。800形とほぼ同じであるが、こちらは600V用。1954(昭和29)年に豊橋鉄道渥美線へ譲渡、1966(昭和41)年廃車。

デキ851 犬山 1950(昭和25)年

犬山駅の小牧・広見線方面に到着するデキ851号の貨物。


デキ900形(両数:1、番号:901)

1944~1965(昭和19~40) 1500V
戦時中に日本鉄道自動車で製造された。手持ち部品を利用した戦時形機関車。
主に大江駅をねぐらにし、デキ803と共に築港支線のサハ牽引列車(通称ガチャ)に使われた。

デキ901 東名古屋港? 昭和30年代

日鉄自動車製の可愛らしいスタイルだった。


デキ1000形(両数:6、番号:1001~1006)

1924~1964(大正13~昭和39) 600V
尾西鉄道が1924(大正13)年に製造した木造の電動貨車デホワ1000形で計6両が日本車輌で製造された。
名鉄になってデワ1000形となり、主として尾西線の貨物輸送に使用された。戦時中の電車不足で、1003・1004号は貨物室に窓を付けて電車(モ1300形)として運用された時期もある。戦後に機関車化され、デキ1000形となったが、外観は電動貨車のままであった。デキ1003号は1963(昭和38)年に北恵那鉄道へ譲渡され、デキ501となった。

デキ1001 西尾駅 1960(昭和35)3.26

西尾線が1500Vに昇圧する前日の西尾駅。
西尾駅の入換に使用されていたデキ1000形。
昭和29年頃にデワからデキに改造された。

デキ1004 犬山駅 1958(昭和33).12

この当時、犬山線(右ホーム)は1500Vであったが、小牧線・広見線(左ホーム)は600V(S39~40に昇圧)。


デキ1500形(両数:2、番号:1501・1502)

1934~1966(昭和9~41) 600→1500V
名岐鉄道が1934(昭和9)年に日本車輌で2両製造した木造の電動貨車デホワ1500形。名鉄となってデワ1500形と名称変更。戦後に機関車化されデキ1500形となり、1500V昇圧改造されたが、外観は電動貨車のままであった。

デキ1501 新川工場 1965(昭和40).12
清水 武氏撮影

デキ1000形と、形のよく似た1500形。

デキ1502 新川工場 1959(昭和34).2

側面はデキ1000形に似ているが、正面はフラットで、丸みを帯びた1000形とは異なる。


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