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名鉄資料館

想いでの一宮線、岩倉支線写真展(平成25年 秋季特別展)

開催期間 : 2013.10.10~2013.11.29

一宮線(枇杷島~岩倉~東一宮)は、名古屋鉄道の前身である名古屋電気鉄道が初めて敷設した郊外電気鉄道です。東一宮まで全線開通してから今年ちょうど100年を迎えます。その支線であった犬山線(岩倉~犬山)は昨年盛大に開通100周年を迎えましたが、一宮線(岩倉~東一宮)は昭和40年4月廃線となりました。
大正9年開通した岩倉支線(岩倉~小牧)は、昭和39年4月廃線となっています。両線の廃止は、乗客数の減少による昨今の廃線とは異なり、鉄道と国道との立体交差を回避したいという国県からの要請によるものであった。
約半世紀前に姿を消した両線の写真をご覧ください。

1912(大正元)年 一宮線枇杷島~岩倉~西印田間16.5キロ(複線)、犬山線岩倉~犬山間15.2キロ開通
1913(大正2)年 一宮線西印田~東一宮間0.6キロ開通
1920(大正9)年 小牧線岩倉~小牧間5.1キロ(単線)開通
1941(昭和16)年 枇杷島橋~新鵜沼間が犬山線となる
1944(昭和19)年 一宮線岩倉~東一宮間7.1キロを単線に変更
1948(昭和23)年 小牧線を岩倉支線に改称
1964(昭和39)年4月26日 岩倉支線廃止、バス化
1965(昭和40)年4月25日 一宮線廃止、バス化

2013(平成25)年10月10日~11月29日に名鉄資料館で開催した「想いでの一宮線、岩倉支線写真展」の中から展示写真の一部を御紹介いたします。

東一宮駅
昭和40(1965)年2月
清水武氏撮影

廃止直前の東一宮駅舎
一宮線廃止後は、駅跡に名鉄丸栄百貨店が建設されたが、現在はそれも撤去されマンションになった。

東一宮駅の1071号
昭和30(1955)年7月31日
白井昭氏撮影

この当時はまだ線路は2線あり、構内も広かった。
一宮線は開業から全線複線で、名古屋と一宮を結ぶ名鉄の幹線であった。昭和10年に名岐線が全通したため、支線に格下げされた。
昭和18年までは複線であったが、戦時中の資材供出で単線化された。

東一宮駅ホーム
昭和39(1964)年3月
清水武氏撮影

昭和35年頃、線路を1本に減らし、両側にホームを配置する形になった

東一宮駅の改札口
昭和30年代後半

東一宮駅のホーム
昭和39(1964)年
右手はバス乗場

昭和35年に、駅構内にバス専用ホームを新設し、東一宮駅待合室にバスの出札窓口も新設、改札も電車バスの共同改札となった。当時、バスの営業所(一宮自動車営業所)は東一宮駅に隣接していて(写真右側)、東一宮は一宮付近のバス路線網の中心地であった。

東一宮駅へ向うモ771号
昭和29(1954)年8月31日
権田純朗氏撮影

770形(771・772)は、戦時中の昭和19年に日本鉄道自動車工業で製造された、車体長15mの小型車両

一宮線花岡町駅ホーム
昭和40(1965)年4月
清水武氏撮影

東一宮の隣の駅、花岡町
花岡町は、その昔、芸妓が彩る飲食店で賑わった街であるが、駅にその面影はない。

一宮線印田駅
昭和40(1965)年4月
清水武氏撮影

一宮線開通時は複線であったが、戦時中に単線化された。写真には複線時代の面影がよく残っている。
印田駅は、一宮線開通と同時にできた駅であるが、戦時中に休止となった。昭和29年に駅が復活するとき、複線の旧線路跡にホームができた。

一宮線国道22号線踏切(浅野付近)
昭和40(1965)年4月
清水武氏撮影

この国道22号との平面交差が廃止のきっかけとなった

浅野駅のS.C.No.Ⅱと浅野長勲公
大正4(1915)年6月29日

S.C.はState Carriageの略で、正式形式番号はトク2号(トクは特別客車を意味する)。大正元年に2両の貴賓車が製造された。トク2号は、昭和初期に一般車に改造されデシ551号となり、最後はモ85号として昭和35年まで安城支線(安城~南安城)の専用車として活躍した。

一宮線浅野駅
昭和40(1965)年2月
清水武氏撮影

開業当初からの立派な駅舎が、廃止まで残った。
同時期に開業した、岩倉、布袋、古知野、扶桑の駅舎と似た構造であったが、布袋駅舎の2010(平成22)年を最後に、この形式の駅舎は姿を消した。

一宮線浅野駅
昭和40(1965)年4月
清水武氏撮影

浅野駅の横にあった踏切。
警報器も遮断機もなかった。

一宮線浅野駅構内
昭和40(1965)年4月
清水武氏撮影

一宮線が単線化されたあとは、浅野駅が唯一の交換駅だった。
通常はこの駅で列車交換した。

混合列車 元小山駅
昭和36(1961)年3月
白井昭氏撮影

昔は、名鉄のほとんどの路線で貨物を扱っていた。貨物扱いの少ない路線では、貨物列車ではなく、電車の後ろに貨車を連結した混合列車で貨車を輸送していた。

一宮線岩倉付近3730系
昭和40(1965)年4月
清水武氏撮影

一宮線と犬山線が合流する付近。
大正元年の一宮線・犬山線開通後30年弱は、手前の一宮線が本線で、犬山線は支線であった。
現在、岩倉駅北西にあるカーブした道路が一宮線の廃線跡。
走っている電車は、登場して間もない3730系

岩倉駅
昭和40(1965)年4月
清水武氏撮影

一番向こうのホーム(1番線)に、東一宮行きの電車が停車中。
その向こう側の建物は、電車の車庫

岩倉駅駅舎
昭和34(1959)年頃

1912(大正元)年に開業した当時の駅舎が残っていた。

岩倉駅
昭和35(1960)年頃

一番右手の5番線が岩倉支線発着ホーム

岩倉駅構内
昭和34(1959)年頃

岩倉支線の2239号

岩倉支線の3700系
昭和30年代後半

岩倉支線小牧付近2301号
昭和39(1964)年
清水武氏撮影

岩倉支線が小牧線と合流する付近。
昔は、岩倉支線が小牧線を名乗っていたが、昭和23年の路線名改称で、小牧線→岩倉支線、大曽根線→小牧線となった。

小牧駅構内の2717号
昭和30年代後半

小牧駅の岩倉支線ホームに到着する3700系。
左後方に車庫が見える。

岩倉支線小牧駅
昭和39(1964)年3月
清水武氏撮影

一番左が岩倉支線ホームで、その右が小牧線。
小牧線より岩倉支線のほうが、立派な電車が走っていた。
この当時、岩倉支線の電圧は1500Vに昇圧されていたが、小牧線はまだ600Vであった。

岩倉支線小牧駅3602号
昭和39(1964)年3月
清水武氏撮影

岩倉支線の電圧が600V→1500Vに昇圧されたのは昭和30年1月。
小牧線は、岩倉支線が廃止になったあとの昭和39年10月に昇圧された。
小牧駅では、岩倉支線と小牧線が隣り合っていたが、架線はつながっていなかった。

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